room of alchemy - 錬金術の部屋 -

selaのプロフ☆和田灑羅(sela/俗名:和田百合)☆株式会社SVT代表取締役。2011年より、「魔法の時間」というスピリチュアル・ワークショップを主宰中。

selaの知る不思議な世界のお話や魔術・錬金術・瞑想といった技術のお話を気の向くままに綴ってみました。誰かが何かに気付く場になってくれれば嬉しいです☆ ※アダカテにしているのは歴史・神話・宗教などの記事でそういうことに触れる必要があった場合や性魔術などの記事を書きやすくする(言葉の規制を受けにくくする)為の選択です。記事の内容はアダルトではありません。本来のカテゴリは魔術・錬金術・思想・哲学・歴史などを含むスピリチュアル系になります。※

オモイカネの神の思惑

2015-09-03 14:13:41 初出
2015.09.07 加筆修正

記紀に出てくるお神さんを順番に解説してこうかと思ったものの
いろいろとめんどくちゃ~><になったselaぴょんです^^;
で…ちょっと方向転換することにしました。
「記紀」を読んでもらおうというきっかけが作れればそれでいい!
ってことで面白ネタ(?)というか有名なお話を
気の向くままにピックアップしてくことにしましたよ^^
…その方が続けやすそうだしw
ってことで今回はあの超有名な岩戸開きのお話から
何でオモイカネの神がアメノウズメにストリップさながらの踊りをさせたかってお話なのであった☆
本題に入る前に神道のお話…古代日本でのお祭りの概念?…から^^

日本での古代人の信仰は「太陽」の運行が中心にありました。
朝、東の空から昇る(生まれる)太陽、夕方、西の空に沈む(隠れる・死する)太陽。
それが季節や収穫、人の生き死にと言った人生観にまで及んでいたのです。
古代エジプト人の太陽信仰にも似ています。
昼の間太陽は天を巡り、夜は死者の国(洞窟=母親の胎内)を巡る…ってやつです。
古代の日本人も同じような考えだったようで
朝、東の海の向こうにあるお神さんの国(常世国)からやってきて生まれ
役目を終えた夕方、西にある死者の国(常夜国)に帰っていく。
日本語は漢字が違っていても発音が同じなら同じものを意味する言葉だったりするので
常世と常夜は同じ場所ってことになる訳ですねぇ~
つまりは、常夜は暗い闇とか穴の中だったりもするのです。
拡大解釈で、命(神も人も動物も)とは常世の国からやってきて女性の胎内に宿り
生まれ、人生を全うしたら再び死して常夜の国へ帰る…つまりは再び女性の胎内に戻る…
という輪廻転生の思想になっていった訳です。

ここで問題が一つ。女性だけでは子供は生まれないってことですよw
じゃぁ、どうやったら子供が生まれるか。
男性が必要なものを女性に与えた結果ってことですねw
そこで、神道の中では男性の象徴であるお神さんが東の常世の国からやってきて
巫女に新しい命(神)を与え、巫女から新たな神が生まれるってのを象徴的にやってる訳です。

男性器をそのままご神体にしているところもありますが
蛇とかご神木をそれに見立てているところも少なくはないのです。
なので、どの神社にも「ご神木」なるものが必ず存在するw
男性の象徴ですからねぇ~^^
で、祭りには必ず巫女さんも居て神楽を舞う訳ですね。
いろいろな見立てがあるようですが、象徴としての男性と巫女が交わり巫女は神の子を身籠り
巫女はそのまま斎場に籠って禊、潔斎することで自らが胎児と見立てられ
斎場から出てくる際には自らが新たな神として身籠りの場(胎内)から
生まれ出でるということをしている訳です。
より事細かに解説するととんでもなく長くなるのでこのくらいにしておきますがw
ちょっとは理解していただけたでしょうか?

本題に戻します^^
岩戸に立て籠もり中の天照神を外に出すためにオモイカネの神はいろいろと思案した訳です。
どうやったら引きずり出せるのか。それも本人の意思など関係なしにw
そこに↑の思想がリンクするわけですねぇ~w
立て籠もったのは岩戸=真っ暗な穴倉 ってことですよ。
天照神は太陽神です。
真っ暗な穴倉つまりは夜の世界(常夜の国)に行ってしまった訳です。
再び常世の国からやってきて生まれ変わってもらう必要がある。
本人が素直に出て(生まれ変わって)くれればいいけど
そうじゃなかったら巫女に新しい「天照」を生んでもらおうとしたってことです。
黒いですねぇ~ww

アメノウズメは記紀ではお神さん扱いですけれど実際は巫女だった訳です。
巫女が新しいお神さんを生むためには、男神との交わりが必要で
そのために男神にその気になってもらう必要がある。
その気になってもらうためにはいろんな手管で気を引かなくちゃならないww
なのでウズメちゃんの踊りはより官能的で淫靡なものである必要があった訳です。
結果いろんな書に「世界最初のストリッパー」みたいにウズメちゃんの存在は
書かれちゃう訳なんですが…当然ながら本人の意思は無視ですw
ま、万国共通「踊り」は異性を誘う意味合いが強いものですし
後はまぁご想像通りってことにしておきます。

記紀には常世の国からやってくるお神さんのことには触れてません。
古代の祭りの概念が神事のベースにあって、現代のようにその根源が
失われていなかった時代にはあえて記述する必要もなかったってことでしょう。

さてさて…主役の天照神ですけれど…
岩戸の前で繰り広げられる新しいお神さんが生まれるのを待つ祭りを
覗き見した結果、籠城中の穴倉から引き出されてしまいました。
岩戸という穴倉…つまりは母親の胎内に戻って、生まれなおした
…つまりは転生した訳ですから名前は同じでも引きこもる前後で
違うお神さんになってるってことも理解していただければ^^
記紀をよくよく読むと微妙に性格が違う天照神に気付くことでしょうww

ところで記紀では割愛されてますけど、ウズメちゃんから生まれた新しいお神さんに
「天照」の名を与えたのか、元の天照神が「天照」として転生したのかって気になりませんか?
selaぴょん的には祭りの途中で出てきちゃったんだから
自分に所縁のない神を新しい「天照」にするのは許せなかったってことと解釈してますw
まぁ~岩戸開きのお話は暗に古代の輪廻転生論だの
いろんな意味合いを多分に含んでますから
その辺はいずれまたお話する機会もあるでしょうってことで
この辺でお茶を濁すのであったった~☆

変容

2015-09-01 12:28:30 初出

無の書もやっと瞑想編の最終回です。長かった~><

とはいえ、全体から見れば1/10も終わってない訳だから…

先はもっともっと長いってことだよね><…うぅ~…頑張る><


まずは言葉の定義から^^

魔術的変容(メタモルフォース)とは自分の意志で自分の心を再構築すること。

わかりにくいよねぇ~w

例えば、心の問題で何かを追い求めるならば

その反対のことも理解しなければいけないってこと。

善とは何かを知るためには悪とは何ぞやってことを理解しなくてはいけない。

楽しさを知るためにその反対の苦しみや悲しみを理解しなければいけない。

人の心は常に相反する2つの事象の間で揺れ動くものなので。


ですが!ここからが本題w

魔術的に心を再構築するのに実はそんな事関係ないってお話です。

苦しかろうが、楽しかろうが、善いことをしてようが悪行に走ろうが

魔術的には何の意味も持たないのです。

必要な時に、必要な状態に心を保つ。それだけです。

…が、人の心は得てして弱いのですよ><

そうなるためにこれまで面倒な瞑想を続けてきた訳なんです。

果たしてどれだけの方がそこまで到達できているかは謎ですが。


言葉をかえましょう。

変わるってことは不変の状態を維持できなければ起こらないってことで。

その不変の状態を作り出し維持するための方法は瞑想しかないってことは

理解してもらえたんじゃないかなぁと思うのです。

何度も言いますけど、人の心は弱いので鍛えてあげないとダメなのです。

↑の二元性を持ち出すなら、自分の心の弱さを理解してこそ

不動なまでの心の強さを手に入れられるってことになりますかねぇ~

これまでの瞑想をちゃんと実践した方なら如何に心は惑わされやすいか

体験として理解できたと思うのでこれ以上くどいことは言いませんけれど^^

変容のためには絶え間ない瞑想だけではなく次のことも必要です。

哄笑と非執着(非無関心)だと無の書は言います。


無の書では「哄笑とは宇宙が宇宙自身をからかう唯一の行為」と表現してますけどね。

楽しいことだけではなく、嫌なこと、苦しいことさえも笑い飛ばす。

取るに足りないことや無意味なことにさえ笑いを見つける努力をする。

全てのことを笑い飛ばせるようになるまで意識的に続けることが必要です。

どんな些細なことさえも笑い飛ばせる器量を身に着けたとき

清濁併せ呑む度量が生まれ、それが心の強さに結びつくのです。

瞑想の中で自分を悩ませるように湧いてくる

胸糞悪くなるような思考を笑い飛ばせるようになったら

1つ目の変容ができたということになるわけです^^


で、二つ目。

魔術師は成果を期待してはいけないって言うのですよ。

実験は必ずしも成功するわけではないし、結果が期待通りになるとは限りません。

引き寄せの法則がうまくできない人のお話に通じますけど

成功した経験のない人は成功が如何なるものかを知らないがゆえに

成功を引き寄せられないのに似たお話になる訳です。

だから、魔術師を目指す人は何かに執着してはいけない。

特に成功とか、成果とかね。

ただ、執着には2面性があるのです。肯定的なものと否定的なものが。

例えば「お金持ちになりたい」という執着は現実にお金がないために

引き起こされることが多々あります。

お金持ちになるということとお金がないという現実は一つの事象の裏表なのです。

「お金持ちになりたい」という執着はその反面である「お金がない(貧乏)」に

執着することでもあるのです。

だから引き寄せの法則も含めて過剰な執着は反面を強調しかねないので注意が必要なのです。

だからと言って、執着の対象に興味を失うのはまた別なのです。

反面が協調されるのもまた魔術的現実なのですから。

2つ目の課題は難しいですけどね~


そこで3つ目の訓練になる訳です。

どれだけ無害に見えても「習慣」は魔術師には邪魔なのです。

まずは無害に思える習慣を失くす努力をしましょう。

食事の前には○○をするとか、仕事中、何時にはお茶しなくちゃダメとか

無くても苦にならないところから初めてみるのをお勧めします。

次に無害な新しい習慣を付けてみるとかね。

ただし、精神的、感情的、自己中心的に意味のないことを選ぶこと。

それと失敗する可能性のない単純なことを選ぶことです。

「失敗」の記憶は根深く残るのでこの先様々な新しいことを始めるときに

「どうせまた失敗する」という感情が先に立って何もできない子になっちゃうからです。

裏表一体で存在する肯定的な事象と否定的な事象では

否定的な事象のほうが現実化しやすいってことなんですよ^^;

ま、ちっちゃな事でも成功(肯定的)事例が積み重なれば

失敗(否定的)事象は影が薄くなるので成功の積み重ねは大事なんですよねぇ~

「自分はできる(子)」って信じることがとっても大事なんですよ^^


それと、習慣は「~しなければらなない」に繋がり

それは人の自由を奪うのです。

人ではなく機械化しちゃうってことになっちゃうんですよねぇ~^^;

だから習慣にしない。気が向いたときに気が向いたことをする。

自分の意志で選択してそれをすることが大事なんです。


さてさて、今日のお話はどれだけの方が理解できたかは別として

ここまでのことができるように努力して下さいなのでした^^

次回からやっと魔術らしい話になるじょ~なのだったった☆

夢の支配者

2015.08.26  13:11 初出

呼吸瞑想の第7弾です。
ここまでくるとさすがにいろいろと難しく面倒になるんですがその辺は…ってことでw
今回のお話は前々回の「第三の目」の発展形になります。
第三の目の瞑想でプラーナ(気)を感覚で捉えたり視覚化できるようになってる前提での
お話になるのでその辺が「まだです><」ということならば
まずは第三の目の訓練を頑張って下さいってことになります。
この先は第三の目の訓練ができてる前提でのお話ってことで進めま~す^^

眠りにつく前、横になって第三の目に集中する瞑想をします。
集中するうちにプラーナが自分の内に満ち始めることに気付くでしょう。
プラーナで満たされたなら、後は睡魔に身を委ねましょう。
今回の瞑想はそれだけのことです。
簡単ですよね^^ え?違う?…でもやることはそれだけなんだもんw

ここからはこの瞑想で引き起こされる結果のお話です。
結果の一つ目として第三の目に集中しながら眠りに落ちることで
眠りの中でも覚醒していることができるようになるのです。
夢遊病とかじゃないですよ!
例えば、自分が夢を見ているということを認識できるようになるということです。
なんだ、前々回のお話じゃないかって言わないでください。
前々回のお話は起きている状態で第三の目に集中するお話です。
今回のは第三の目に集中しながら寝たらどうなるかってお話なんです^^;
一応、違うお話なんですってことで…あぅぅ~><

気を取り直してお話戻します。
自分が「夢を見ている」ことを認識できる方ってどれだけいるのでしょうか?
夢を認識できないって方は今回の瞑想を少し努力していただくとして
認識できる方はその夢をコントロールできますか?
夢だと認識できたところで、夢の中でも自由に動けるのか実験したり
前に見た夢の続きを見れるか試したりしてみたことありますか?
selaぴょんはよくやってますw
夢だとわかってるから自分に都合のいい展開にもっていってホクホクしてたり
楽しい夢の途中で起きちゃったときに、その続きを見るとかってことをねw
リアルじゃちと(かなり?)無理あるでしょってことも夢の中なら…ねぇww
この程度の夢の支配は比較的簡単にできるようになります。
でも今回の瞑想の行き着く先はこの程度ではありません。
更にこの瞑想を極めることができるなら夢を見ないようになれます。
逆に自分の見たい夢だけを見れるようにもなります。
更には他人に自分の意図することを夢に見せることもできるようになるのです。
で、夢は眠りの浅い部分で起きてることだから
夢を見ることをやめると決めてしまえば、見たいと思わない限り夢は見ないし
眠りも深くなるのでその質も良くなっていくということなのです。
ここまでが第1の結果^^

第2の結果は自分の死期がわかるようになるってことです。
プラーナは第三の目に集中することで感覚的に、視覚的に認識できるようになります。
生に満ちているときは、自分の内にプラーナがどんどん満ちていくのを認識できるでしょう。
ですが、死期が近づくと自分の身内にプラーナが満ちている必要はなくなるので
少しずつ自分の体から放出されるのを自覚するようになることでしょう。
いずれ空になった時が自分の死ぬ日ってことになる訳ですが。
そして第3の結果。
『眠りは短い死であり、死は長い(永い)眠り』ということを理解するってこと。
それが認識できるってことはある意味解脱したってことになっちゃいます。

第2、第3の結果は自分の死や輪廻転生の概念に結びつきます。
特に第3の結果を理解できたとき、人生観は大きく変わることでしょう。
死を「永久の眠り」と称する意味もまたここにあったりするのですが
哲学的な難しいお話になるので割愛しちゃいますけれど
「死をも支配できる」ってお話に繋がるようです^^

突き詰めると、夢を支配することが生や死をも支配することに通じるのです。
自分が自分自身の支配者となれば、これまで支配されてきた中での疑問も
解消されるって言いますけど、selaぴょんは生憎そこまでは辿りついてないので
真偽のほどはお試しあれってことで濁しておきます^^