room of alchemy - 錬金術の部屋 -

selaのプロフ☆和田灑羅(sela/俗名:和田百合)☆株式会社SVT代表取締役。2011年より、「魔法の時間」というスピリチュアル・ワークショップを主宰中。

ギーターを読んでみよう

結果を期待せずに働く

久々のギーターです。2章39節~47節のあたり。要約すると『結果を期待せずに働くことでカルマ(業)から解放される。』ってことを様々な喩えを使ってクリシュナ君が解説してるって内容です。いやぁ~簡単に終わった終わった^^…って駄目だよね?…クリシュナ君に代わって解説しますよ。(T^T)ウルウル

一般的に、知識とか知恵と呼ばれるものと知性と呼ばれるものは同じように思われがちですけれど、ヴェーダでは別物となります。知識や知恵はその時を生きるための理論であって本質ではなく、本質に由来するものは「知性」と呼び分けられているという事なのです。で、今までのクリシュナ君のお話は理論であって知性ではないと本人ものたまってくれております。その上で、知性の側から今回のアルジェナ君の問いに答えるならば『結果を期待せずに働けよ』って一言に集約される訳で、今回のお話の範囲はその一例をいくつか挙げてくれてるって部分になります。

さてさて…原文だと専門用語多すぎなんで引っかかりそうな用語の解説しておきます。
サンスクリット語では知性をブッディと呼びます。どこかで聞いたような響きじゃありませんか?『仏陀(ブッダ)』…似てますねw。漢字はサンスクリット語を漢語に訳す際の当て字ですから字面に惑わされちゃいけません。本質であるところの知性=ブッディに至った人のことをブッダと呼ぶってだけのことです。仏教用語としても、仏陀は釈迦尊を指すだけではなく悟りを開いた人を指す語でもありますから。
真理を神と同義と捉えます。正しくは「ブラフマンの真理」。略して真理とだけ言う場合もあります。この世界を作った神であるブラフマンはすべての可能性、知性を内在する存在です。古代からヴェーダを信仰する人々の最終目的はブラフマンと同一になることなので、その『ブラフマンの真理』はブラフマン自身であるとの解釈から真理は神であるとなる訳です。
二元対立。これは解説しなくてもご存知ですよね。善悪や光と影、表裏など相反するものでありながら、一方が存在することでしかもう一方も存在しえないもの。二元論という言い方もあります。自己存在の否定にもつながるのに何故対立するんだろうかと疑問に思うselaぴょんなのですが、天使と悪魔の戦いとか物語のモチーフとしては楽しいですよねww
三性質(トリグナ)。人の内にある3つの行動原理とも言える性質のことを言います。サットワ(善徳・調和・無欲性)・ラジャス(激情・欲望・積極性)・タマス(暗愚・無知・消極性)の3つ。解りやすく喩えるならニュートラル・アクセル・ブレーキとなりますかねぇ~。より詳細にってなると難しい言葉が並んで長くなるのでこの程度にしますけれど、タロットを使われる方ならこの本質もよくご存知でしょう。大アルカナ10番運命の輪を回す要素ですからねぇ~。もしも知らないと言うなら勉強不足ですし、他者をリーディングする資格なしと言い切らせて頂きます!

ということで本文に戻って。断固たる意志を持つ人にとっては目的に向かって頑張るだけなので何の苦もないでしょう。でも、そうでない方…優柔不断な人…にとっては些細な選択肢が気になってしまい目標を見失うのはよくあること。枝葉ばかりを見て幹を見ないという喩えが使われるのと同義。気にするなってのが難しい場合も多いですけどね。表面的な賛辞や贅沢な生活とか、富だの栄華だの快楽だのを追い求めたいのは人としてはもっともだったりしますしねぇ~。そういう事を追い求めて右往左往してる方のその努力は無駄だとクリシュナ君は言い切ってます。更にはそういう方々に真理を求める決断は起きないのだとも断言しちゃってます。その理由として、巨大な貯水池を持つ人が小さな池を重視しないのと同じって説明してますけど。クリシュナ君理論だと、目先の利益や損得などといった小さい富に固執するよりは、真理の中にある巨大な恩恵に与るべきだってことなんですが、その巨大な恩恵ってのがよくわからない、見えないってことで、皆さん右往左往することになっちゃってるってことです。この恩恵ってのが何なのかってお話はこの後クリシュナ君が説明してくれてますので解説もまたその時にってことで^-^

で、戒めの言葉が更に続きます。『定められた義務を行う権利はあるが、行為の結果についてはどうする権利もない。だが怠惰に陥ってもいけない。』…つまりは、結果を期待しないで目の前にある義務を果たすことだけをただひたすらに考え、そして成せってことなんですけど~。やっぱり、やったことの結果は期待しちゃうのが人だと思うんですよねぇ~。ってことで、めちゃ難しいです><

まだまだ未熟なselaぴょんは、やっぱりやったことへの結果(報酬)は期待しちゃいたいなぁ~なのであったった☆

嘆くより最善を尽くせ!

2015-07-06 17:05:33 初出

またまたギーターです^^;

一気にお話進めないとやる気が失せそうなあたりなのでw

本篇では2章26~38節のあたりってことで^^

前回、不変不滅の魂にとって肉体は着替え可能な衣服のようなものというお話をさせて頂きました。

今回はその延長のお話なんですが…

クリシュナ君のするお話が現代人の我々にはとてつもなく過激な内容と

なってる部分でもあるので一気に終わらせたいのですよw

先に言っておきます!

selaぴょんの気性はある意味「戦士」ですが戦争容認派ではありません^^

ってことで本題に戻すことにします!


生まれたものは必ず死ぬ。それは誰もが理解できることだと思います。

ではその逆は真なのか?否か?

クリシュナ君は死んだものは必ず生まれる。と言っています。

いろいろな形でこの手のお話は巷に溢れ返っているのですが

それを見聞きしてもそのことを理解できる人は少ないのです。

だからこそ、煮ようが焼こうが切り刻もうが魂が壊れないということを信じられない訳です。

このことが五感で感じられることならばまた違ったのかもしれませんが

あいにく魂なるものは五感では感知できません。

理屈としてそういうものがあるんだろうな~って程度の方がほとんどでしょう。

だからこそ、ギーターは難しいお話になってしまう。

というか~、必要があって手にするか、たまたまそう仕向けられるかでもしないと

読むことってないでしょうからねぇ~ww

ギーターを学べるところまで精神的に成長した人しか関心も持たないだろうしw

…脱線しすぎですね^^;


クリシュナ君の説法に戻ることにいたしましょうw

生死という人知ではどうにもできないことに嘆き慌てふためくのではなく

今、自分の置かれている状況に対して義務を果たすことが重要だといいます。

クリシュナ君は少しだけ具体例を出してくれてます。

現代人の我々は、皇室に属さない限り「身分制度」の影響を受けないので

古の時代の身分制度による義務なんて理解できないでしょうが

書かれた時代を踏まえて理解してくれればと^^;


生まれによって決まる貴賤、その身分によって就ける職業や結婚できる相手が決まる。

そして様々な制限と義務が当たり前だった時代。

ギーターが書かれたのはそんな時代でした。

そして悩み多きアルジェナ君は特権階級である王侯武士階級の生まれです。

武士階級の責務は文字通り「戦う」こと。

それがその階級の義務であり、正義であった訳です。

戦が起こればそれに参加するのは当然の義務であり

当時の身分制度、宗教観から言ってもそれは「善」だったのです。

なのでクリシュナ君はアルジェナ君に言うのです。

武人として参戦できるのは幸せなことである。…と。

逆に参戦しないのは「義務不履行の罪」を犯し、武人としての名誉も失うと。

更には味方には臆病者と軽蔑され、敵は蔑みの言葉を投げるだろうと。

歴史に刻まれる汚名と恥辱の数々にアルジェナ君は耐えられないだろうって

クリシュナ君はある意味煽ってるんですよねw

名声、名誉といったものに重きを置く方ならこの辺のことは

理解できるのではないでしょうか。たぶんきっと^^;

ここまでは理解できる方も多いと思われます。

実際、理解できる言葉が並んでますからね^^

ですが、クリシュナ君がこの後続ける言葉に共感できる現代人は少ないでしょうね。

だってねぇ…アルジェナ君が戦死するなら天国へ行き

勝って生き残れば地上での栄華を謳歌できるって焚き付けてますし

二律背反の命題で悩み苦しんでないで義務としてなせ。

そうすれば罪にはならないとまで言ってのけたクリシュナ君の真意を

理解するのは難しいでしょうから^^;


理解しやすいように言葉を変えましょう。

現代人は「生まれ」による身分制度からは解放されましたが

「実力主義」という名の新たな身分制度に囚われてしまいました。

職業選択の自由、結婚の自由を手にしたと思い込んでいますけれど

実際そんなものはないんですよ。

職業も結婚相手も確かに自分で「選択」できていると反論する方も多いでしょう。

でも実際には「実力主義」による新たな身分制度にがんじがらめにされているのです。

ある職業に就きたければ○○という資格が必要、そのためには偏差値がどのくらいで…とか

結婚相手に対する条件としても高学歴、高収入、容姿端麗、親が資産家だとか

好条件に恵まれている人は好きなように選択できるかもしれませんが

そうじゃない方にとってはその選択肢すらない場合が多い。

経験上、あるいは報道番組での統計などからその辺のことは認めたくなくても

情報としては知っている事実でしょう。

そう、「格差」という名の新たな身分制度が確立しちゃってるんですから。

そんな中で、今置かれて状況に不満を持ってる方も多いと思います。

実力のある方なら「そんなの自分の実力の無さを恨め」で終わるんでしょうが

当事者にしてみれば生活もあるし、そう簡単に納得もできないでしょうし

「あの時もっと頑張ってたら」と後悔したところで遅いのです。

…人は常に後悔しながら生きる生き物なので無駄だと知ってても後悔したがるんですよねぇ~…

ならばどうすればいいのか。

現状を嘆くより、今置かれた状況での「最善」を尽くせ!

ってことになる訳です。


ギーターの書かれた時代は現代以上にがんじがらめな時代でした。

そして現代ほど人の命は価値あるものではなかったのです。

だから、当時の身分制度の中で理解ができるであろう表現をクリシュナ君はしたにすぎません。

「善」も時代によって様々に変化します。

江戸時代くらいまでは日本でも人の命は存外軽いものでした。

暗殺を含め、「大義」さえあれば簡単に人の命を奪えた時代です。

現代人には受け入れがたい価値観ですけどね。

時代、経験、立ち位置によってその人にとっての「善」は簡単に変わってしまう。

ならばそのことが「善」か「悪」かで悩んでいる間があるのなら

その時点での「最善」を尽くすことに尽力しなさいとクリシュナ君は言いたかっただけなのです。

付記するなら、いわゆる天国に行くのか現世での栄華を謳歌するのかというお話は

アルジェナ君の立場に対してのお話であって立場が違えばまた違ったお話になるってことです。

現代人にとって天国だの言ってもピンとこないでしょうし^^;

まぁ、来世は良い身分に生まれるよって程度のお話になるだけかもしれませんし

頑張ったところで何も得られずに終わってしまうかもしれないのですから。


それでも不変不滅な魂にとってそれは写真の一コマのようなもので

意味があるかないかはそれを行う当人が決めればいいのです。

意味があると信じるなら最善を尽くせばいいだけのこと

ないと思うのであれば後悔だけの人生を送り続ければいいだけのことです。

後は、それを自分が納得し良しとできるかどうかってことで…

悩みはまたまたスタートに戻る訳ですねw

どこかで負のスパイラルを断ち切らない限り、永遠にこの悩みからは解放されない。

ってことで、来世の問題として先送りするか、今世の問題として真摯に向き合うか。

究極はその選択になるのかなぁ~?


少しは理解してもらえたでしょうか。

まだまだ説明不足な感は残るもののこの辺でお茶を濁して

次回に持ち越すことにするのであったった^^;

非実在と実在…生きるとはどっち?

2015-06-25 11:52:24 初出

久々のギーターです。

今回もまたまためんどくちゃ~なお話です。

脳内混乱状態になるだろうなと思うので

できるだけ情報の交通整理できるように努力します><


今ここでこのお話を読んでる方への質問です。

生きていると思ってる今の現状は「実在」でしょうか「非実在」でしょうか?

大概の方は肉体をもって生きてることを「実在」と言わずに

何ていうんだと回答するのでしょうね。

実際、感覚として我々は肉体を持って生きている今しか知りません。

過去世、未来世、肉体を持たない存在で居る記憶が限りなく皆無なのですから

それも致し方ないことなんですけれどねぇ~

だからこそ、肉体を持って生きている「今」こそが実際に存在していることで

肉体を持たない世界や記憶にない過去世や未来世など存在していないものと

考えてしまうのはごくごく自然のことです。

ですが何やかんやで我々の感覚の中には輪廻転生とか

魂といった肉体を持たない存在を「ある」と認識してしまっているから

いろいろとめんどくちゃ~なお話になるのですw


さて「魂」の側から見てみましょう。

魂にとっては過去も未来も、そして肉体の有無も関係なくずっと存在しています。

クリシュナ君はそれをこんな風に喩えています。

魂が肉体を持たずに存在するのは裸でいるようなもので

肉体とはその時々のTPOに合わせて選ばれた衣服のようなものなのだと。

衣服は「物」としては存在するけれどそれ自体が意思をもって生きているわけではない。

生きているのはあくまでも「魂」という存在である。

ゆえに、実在とは永遠不滅の魂を言うのであって

着替えられる洋服のような肉体を持って生きていることは一過性のこと

つまりは「非実在」となるのだそうです。

あ~ややこしい><


まぁ~確かにそうなのかもしれませんね。

肉体としてみれば誕生と死は常に隣り合わせの存在ですけれど

魂としてみれば誕生も死も関係なくただずっと存在しているだけなんですからねぇ~


生物が他の生物を殺すと捉えるのは↑の魂の普遍不滅性を

知らないからだとクリシュナ君は言います。

だからと言って殺して良いとは言えないと思いますけど

それが今の肉体がなすべきことなのだとしたら…

う~んそこはもうしばらくグレーのままにしておくことにします^^;


ということでクリシュナ君の回答はまだまだ続くのであったった☆

永遠のもの

2015-02-26 16:13:31 初出

連日のギーターです。

なんせ、ギーターの冒頭は同じようなことを繰り返し描写なので

似たようなお話ばっか書かざるを得ないw オイ

ということで、リフレイン要素はとっとと終わらせるに限る!

…ナニカチガッタ?


とっても難しいお話です^^;

理解するには時間を要するかもしれません。

selaぴょんも頭ではわかっちゃいるが腑に落ちてるかと聞かれれば

…ものすごく怪しい^^;

理性と感情はまだまだ別物の未熟者なので><

ということでクリシュナ君の模範解答は数回に分けて書くことにします。

理屈はわかりますけどね…でもね、ぐるるるるぅ~と唸っておきますw

ということで2章9~15節のクリシュナ君のセリフからです。

『魂は永遠である』一言で済ますならそれで終わりです!

それだけじゃ怒られそうなのでもうちょっと真面目に書きますが^^;


輪廻転生の考えが一般的な地域に生まれ育った方なら

まだ受け入れやすいでしょうが、それでもその記憶を持たない以上

文字通り「頭じゃわかっていても腑に落ちない」ってやつです。

だからこそ、1度の人生がすべてだと思ってしまう。

人は過去に何度も人生を過ごし未来にも数えきれない人生が続いていく。

徳を積めば天国へ、罪を犯せば地獄へって教えもその一端。

ただ、今生を生きている人々には過去世と未来世は理解できない。

別の人生を生きていた、あるいは生きているだろうことは

想像すらできないのが当たり前なのだから。

(時に、過去世の記憶を持ってる人達もいますけれど

 絶対数から見ればゼロじゃないけど限りなく

 ゼロに近い割合なのでその方々はここでのお話では

 無視させていただいて…スミマセン)

そんな訳で『魂は永遠』と言われてもピンと来ない。

ただ、その前提で物事を見るならば今目の前で起きている出来事も

単純にシンプルになってしまうらしい。


彼の言葉を借りて言うならば

季節や年齢で洋服を替える様に魂は肉体を替える。

寒暑、苦楽は季節の移り変わりと同じ。

よって感情(感覚)に流されることなく

乱れず、耐えることを学べ。

常に泰然とし動かぬ者こそ自由を得るに相応しい。


またまた難しいことを言ってくれます^^;

真理を理解し、感情や状況に流されない信念を持っているならば

人の生死さえも動じることはない…って言うけど

selaぴょんはそこまで達観できてません。

次節からクリシュナ君はもっと細かく解説してくれます。

ので、このお話は次回にこのまま持ち越すのであったった~^^;

選択の自由

2015-02-25 14:25:18 初出

久々にギーターに戻ってきました^^


人は常に何を選択し、何を選択しないかという

「選択」にさらされ続けています。

今日、何を食べるか。何を着るか…といった簡単な選択から

進学先、就職先、転居先の選択といった頭の痛いことも。

アルジェナ君の選択の苦悩はもっと重いものでした。


身内や友、師と仰ぐ者たちに弓を引く行為を妥当と思わなかったのです。

戦争に参加するくらいなら自ら乞食となることも厭わない程に。

散々悩んだ末、自分で答えを出すことができず

クリシュナの判断に従うことを誓うのですが…

それを弱さと一言で片づけられますか?


アルジェナ君の苦悩を理解できるかできないかは

それぞれの経験と立場によって異なるでしょう。

ただ、それを想像することはできます。

古い歴史のお話…ではなく近い歴史のお話に

似たような事例はたくさんあるのです。

例えば…太平洋戦争前にアメリカやカナダへ移民した日系人達。

新らたな「国」のために、かつての同朋を打つべく参戦するか

民族の誇りを胸に収監されるかの選択をしなければならなかった。

実際、参戦を選択した人たちの中には沖縄戦で少年時代の友に

再会したことを語る方もいました。


今は戦時中ではないけれど同様の選択を迫られたときに

自分で選択できますか?仕方ないと割り切って現状を受け入れますか?

それだけの精神的強さを持った方なら悩みも少ないかなw


「今」という時代、余程の事情がない限り選択は各自の裁量でできます。

進路、就職、住居、結婚…他、選択の自由がある今だからこそ

自分の選択をもう少し考えてはどうでしょうか?

補足するならば…

アルジェナ君は自分で選択することができなかったから

クリシュナの選択に従うという「選択」をしたのでした。

で、本題でもあるクリシュナの選択とその理由は

長くなるので次回に持ち越すのであった~♪


それはともかく…selaぴょんは昼行燈してるって選択を

捨てるつもりはないのであったった~☆